リストラという経営戦略とCSV経営のこれから

リストラという経営戦略とCSV経営のこれから

2024年4月17日、「東芝が国内従業員を5000人規模で削減(リストラ)する調整に入った」というニュースを、日経新聞が報じていました。このニュース自体には、特に驚かなかったという方もおられると思います。なぜなら、ご存じのとおり、東芝は投資ファンドによる買収案を受け入れ経営再建中の企業でもあり、今後の経営計画に基づく判断としてはあり得るとの見方もあるからです。

一方で、東芝は「CSVの概念を取り入れた活動」を公表(後述)している企業です。このような大規模リストラが従業員の生活や社会に与える影響を鑑みると、果たして本当に適切な選択であったのか、他の選択肢はじゅうぶんに検討されたのか、経営陣の判断には対しては疑問も投げかけてみたくなります。

ただし、今回の話題は東芝だけを対象としたものではありません。一部の企業による大幅な賃上げニュースに隠れがちですが、2024年度に入って、コニカミノルタ、資生堂、オムロン、ソニーなど、リストラ計画を公表する国内企業が相次いでいます。

というわけで、この記事では、CSV経営が新たなグローバルスタンダードとなりつつある中、「リストラ・人員削減」について考察をすることで、企業経営のありかたを再考してみたいと思います。「CSV経営の本質について学んでみたい」という方にも役立つ内容にしましたので、ぜひ最後までお付き合いいただけると幸いです。

参考:東芝が5000人削減、デジタルに資源集中 国内社員1割弱(日本経済新聞報)

リストラの背景や影響について考察

リストラとは、本来はリストラクチャリング(restructuring/事業の再構築)のことであり、成長戦略の中で不採算部門の事業縮小や撤退、統廃合といった不採算事業などの整理、成長事業や高収益事業へ経営資源を集中することを指します。キャッシュフローの最大化を目指す経営判断として、特に株主などからは好意的に受け入れられることもあります。一方で、実際のリストラ現場の大半では、半強制的な人員整理(従業員の解雇・配置転換)を伴うため、日本ではネガティブイメージが強いのも事実です。

東芝がリストラを選択した背景

東芝は2023年、日本産業パートナーズ(JIP)を中心とする連合による株式公開買い付けにより買収され、同年12月に非上場化したのは記憶に新しいところです。連合にはロームやオリックスなども名を連ねており、2015年の不正会計問題以降、アクティビスト(物言う株主)の意向に左右されがちだった経営の、抜本的な改革に乗り出したと捉えることもできます。

東芝が発表した23年4-12月期の決算によると、純損益で1070億円の赤字となっています。ただし、これはキオクシアホールディングスからの持ち分法損益による一時的なものとされ、経営再建が頓挫したわけではないでしょう。今後は高収益事業分野であるインフラ制御とデジタル技術を軸に成長基盤を築いていく経営戦略が伺えます。

今回の記事執筆中にも、下記のような続報がありましたし、労組や銀行からもそれぞれ意見は出ると予想されます。リストラという経営判断の是非について断定するのが今回の主題ではないため、ここでは以上の背景の紹介に留めます。

参考:東芝の人員削減計画、5000人以下に検討後退 反発相次ぎ収拾図る(日経ビジネス)ーYahoo!ニュース

国内企業で相次ぐリストラ

冒頭でも紹介した通り、2024年春には国内企業による大型リストラ計画の発表が相次いでおり、景気への影響などを不安視する声も聞かれます。賃上げのニュースは派手にマスコミに取り上げられがちですが、実際に賃上げに動けているのは一部の大企業で、物価上昇やコスト増加に苦しむ中小企業のジレンマについては、あまり取り上げられないのも現状です。

参考:コニカミノルタ・オムロン・資生堂…にわかに広がる大型リストラのなぜ | M&A Online

今回注目しておきたいのは、東芝をはじめ上に挙げたリストラをおこなっている企業の多くが、CSV経営を取り入れた活動を展開している企業だということです。CSV経営を本当の意味で達成できているなら、経営陣はリストラ計画に対し、もう少し慎重であってよいと感じます。

CSV経営は、企業が単に利益の最大化に走るのではなく、利益をあげながらも、持続可能なビジネスモデルを構築することを目的としています。

CSV経営の観点に立って、リストラ回避策はあるのか?また、大企業がCSV経営に挑む姿から、中小企業は何を学ぶべきか?などを考察していきます。

参考:東芝の取り組み 環境活動の新しいカタチ ~想いを次世代へと繋げる環境出前授業

世界が注目するCSV経営とは

考察に入る前に、ここでCSV経営の概念について、要点をまとめておきます。

CSV(Creating Shared Valueの略|共通価値の創造)とは、ハーバード大学で戦略論を研究するマイケル・ポーター教授が、2011年に提唱した新しい経営モデルです。企業は、その本業としての取り組み次第で、「抜本的な社会課題の解決」と「経済価値の増大」を同時に達成していけるとしています。従来の経営論では、社会課題の解決は慈善や非営利で取り組むイメージ戦略、または責任論といった側面が強かったのに対し、CSV経営では、それを経営戦略の中心に組み込むという大胆な理論です。

企業が経済的利益を追求した結果、環境破壊などの新たな社会課題を生んでしまうことは、資本主義経済が長らく直面してきたジレンマです。しかし、CSV経営はこれを抜本的に変えられる可能性を持ちます。

現在までに、グローバル企業の多くの経営陣がこのCSV経営に興味を寄せており、実際に従来の戦略論を根本から見直す動きが出ています。今後、世界的に大きな影響を与えていくことは必至で、数年~十数年先の将来には、グローバルスタンダードとなっている可能性はおおいにあるでしょう。

CSV経営のメリット

CSV経営には多くのメリットがありますが、主なものを3つにまとめて紹介すると、以下の通りです。

【CSV経営のメリット①】他社との差別化、ブランド戦略に寄与する

CSV経営に切り替えることで、自社のサービスや商品を差別化できます。具体的には、SDGsなどの環境目標達成と同様に、社会的評価の向上が期待でき、その結果エシカル消費などを呼び込むことになり、短期的には他社との競争で優位となる可能性があります。中長期的にはブランドイメージも獲得できるでしょう。

このことはCSV経営の最大のメリットとも言えますが、一方で、これはあくまでCSV経営の表層の効果を見ているだけであり、後述する課題点を生む原因ともなっています。

【CSV経営のメリット②】資本の安定に役立つ

昨今、投資家によるダイベストメント(資産の引き揚げ)の回避は重要なテーマとなっています。すなわち、社会的な課題の解決につながらない経営のあり方は、投資家から忌避される傾向にあり、それ自体が経営リスクとなり得るのです。

社会問題や環境問題を意識した投資手法として主流のSRI(社会的責任投資)の概念はさらに進化し、近年では、ESG【環境(Environment)、社会(Social)、ガバナンス(Governance)】が示す3つの観点から、企業の長期的な成長を格付けする手法が広まっています。

ファンドなどのSRI格付けにおいては、「CSVが最重要指標である」とはまだ言い難い状況ではあるものの、これからもその存在感は大きくなっていくでしょう。

参考:「ESG戦略で競争優位を築く方法」投資家の期待に応える5つのアプローチ by ジョージ・セラフェイム

【CSV経営のメリット③】エコシステムとの融合を達成できる

CSVはまだ進化の過程であり、完全とは言えません。しかし、CSV経営は、立場の異なるあらゆる行為者(企業、政府機関、NGO、地域社会など)を巻き込み、連携していける可能性を持ちます。FSG(Foundation Strategy Group)の共同創業者兼マネージング・ディレクターであるマーク R. クラマーが提唱する「コレクティブインパクト」の理論などがこれにあたります。

世界的事例を見ても、まだ達成できている例は少ないものの、利益を生み出す企業体が中心となり、地域に根ざしたエコシステムとの融合をめざすことはCSVの理想的な目標の1つです。エコシステムとの融合を果たした企業は、強固な営業基盤を築くことができるだけでなく、持続可能な経営環境を手にすることになります。

参考:「『コレクティブ・インパクト』を実現する5つの要素」CSVはエコシステム内で達成する by マーク R. クラマー  マーク W. フィッツァー

CSV経営の課題

CSV経営の課題は、特に国内企業に関して先に触れた通り、まだ表層的な理解しかされていないことです。

結果として、国内では大企業においても、従来からあったCSR活動と差別化できていない企業、もしくは混同している企業が大半であるように思われます。

CSR(Corporate Social Responsbilityの略|企業としての責任)とは、自社の収益だけを追求するのではなく、社会課題にも目を向け、企業として積極的に取り組み責任をもつという概念のことです。

CSV経営の考え方は、正しく理解すればメリットが多く、資本主義経済の生む社会問題を解決に導いてくれる可能性に満ち溢れています。しかし、企業経営者だけでなく行政や我々市民も、CSV経営の重要性に対し、まだ十分に気がついていないのが現状と言えます。

リストラという経営戦略とCSV経営

さて、いよいよリストラという経営判断とCSV経営を絡めて考察していきます。当然のことながら、リストラされた社員にも家族があり、それぞれの生活があることでしょう。狭いエリアで大量の人員整理がなされれば、地域経済に与える影響も無視できません。

そういった意味では、社会問題の解決を目指し、エコシステムと調和した継続経営を主眼におくCSV経営の観点とリストラは矛盾するようにも映ります。少なくとも、やむを得ない状況での最終手段か、あるいは他の選択肢もじゅうぶん慎重に検討したうえでとられる判断となるはずです。

対外的アピールだけでは本質を見誤る

ではなぜ、東芝をはじめとした大企業が、CSV経営を掲げているにもかかわらずリストラを安易に選択する矛盾を見せるのか?

これは結局のところ、先ほど解説したCSV経営の課題点の繰り返しになりますが、日本企業の多くがCSRのような社会的責任論や宣伝活動と、CSV経営の本質的な違いをはっきり区別できていない事実が、問題の根底にあるのだと思います。

たしかに、SDGsへの貢献などで見ると、CSRとCSV経営は同じように映るかもしれません。しかし、CSV経営の本質は、「戦略的な」CSR活動を経営の中心に据え、最終的には社会的価値と経済的価値の創出を同時に実現する「共通価値(Shared Value)」の創造を目標とすることです。

こうしたCSV経営の本質が広く知れ渡り、企業経営者だけでなく、行政などのさまざまな組織や市井の人々にも認識されたときが、リストラという選択肢の優先順位が下がる日なのかもしれません。私自身もこれからもCSV経営支援事業を通して啓蒙と発展に努め、社会の成熟に期待したいと考えています。

中小企業だからこそ取り入れたいCSV経営

ここまで大企業とCSV経営の関係を中心に考察しましたが、翻って、中小企業の経営者はどのようにCSV経営を捉えるべきでしょうか。またリストラという経営判断が視野に入るとき、どのような選択肢があるのでしょうか。

その答えは無数にあり、企業や組織ごとに選択肢が違うはずです。そしてその中から最適解を経営者の皆様と協力して導き出すために、私たちは株式会社「共創経営」をスタートさせました。CSV経営戦略の策定から施策、従業員への浸透までをワンストップ、経営者様と二人三脚のフルサービスで提供いたします。

ご説明してきた通り、CSV経営はまだ国内ではじゅうぶんには活かされているとは言い切れません。それでも、多くの経営者にとっては魅力的な経営戦略であり、今後はグローバルスタンダードとなる可能性を秘めています。そして、私としてはむしろ、日本の企業数の99%以上を占め、雇用の7割、付加価値額の約半分を生むと言われる中小企業こそ、CSV経営の担い手となるべきで、そこに強い日本経済復活のカギがあるとみています。

なお、リストラ回避策としての具体的な事例としては、近年では、従業員に副業の許可を与える試みが増えています。また、厚生労働省ではリーマンショック以降、ワークシェアリングの普及を推し進めており、中小企業も導入可能な助成金なども複数用意されています。

参考:厚生労働省「「人口減少社会」に対応できる企業を目指して」

まとめ

いかがでしたか?リストラはCSV経営の側面だけから切って捨てられるほど簡単な問題ではありません。しかし、こうした議論が読者の皆様の気づきのきっかけになればと考え、東芝のニュースを機会にCSV経営のあり方について、私なりの観点を論じてみました。

本文を読まれて、CSV経営に興味を持たれた経営者様、またはご自身の会社について経営を根本から見直したいと考えておられる経営者様がおられましたら、ぜひお気軽に、弊社代表宛ての直通メールまで、ご連絡をいただければ幸いです。